2008年10月19日日曜日

日本のコミュニケーション方法の方が好き

僕自身は、今のところ日本のコミュニケーション方法の方が肌に合っている気がします。あまり合わないと感じているポイントは4点です。

僕は、アメリカの話がうまく、主張が強い人たちの中にいると、萎縮してしまって、なかなか自分の意見を言い出せずに、ストレスがたまってきます。単なる印象ですが、日本人の方が、話が聞ける人が多く、アメリカ人の方が、話がうまい人が多いかなあという印象です。なので僕自身は、どちらかというと話が聞ける人が多い、日本の方が好きです。 アメリカ人でお金のやり取りの関係がある人に限ると、ほんとうにこちらの話を聞いてくれますね(笑)。

アメリカ人と話すときは、二人の意見が平行線をたどって、まあ結局人と人は違うんだ、という結果で終わることも多く、共感を求めることが少ないです。それが僕にとっては結構疲れるポイントです。なぜか頑なに自分の意見を突き通そうとしますね。意見が違ったとしても、取り合えず人の意見を聞くというのが、僕は大事だと思っていますので、こういう目に見える意見の不一致が積み重なると、精神的に結構疲れてきます。

主張しないと何も進まない、やってくれないというのは、結構めんどくさいです。各個人は各個人のことを追求してて、他の人をあまり見てないです。きっと関心が少ないのでしょうね。

常に意見を求められるアメリカの環境の中で、僕は1つの意見を強く主張できません。僕は、これもいいしあれもいいしという意見になってしまいます。この原因は2つあって、1つは、自分の利益こそが本当に最優先と思っていないからでしょう。2つめは、とりあえずいろいろな人の意見を聞くという姿勢で、物事の二面性が見えてしまい、ある物事が断然いいとは思えないことが多いことです。アメリカの政治の「できるだけ福祉を減らして、自由競争させる」とか「国のシステムを民営化する」のもよかったりわるかったりしますし。そういうのをある一方の視野にのみ立って主張できるのって度胸があるというか、結構凄いですね。僕のおとなしい性格ではあまりできないです。

逆に上の4点が気にならない人にとっては、アメリカの方が向いてると思いますね。意見が違っても無理に協調する必要はないし、個人間の干渉も少なく、自分のことに費やす時間が増やせて、気楽な部分があります。

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